« January 2006 | Main | March 2006 »

2連敗

今日はミニロトの抽せん日。メルマガで抽せん数字が確認できるので、帰宅後、早速PCを起動してメールを取り込んだ。結果は、、、負け。でも今回は数字が2つ一致した。あとひとつで4等だったのに。前回はひとつも一致しなかったので進歩した。あさってのロト6は当たりますように!

| | Comments (0) | TrackBack (0)

ラブハンドル

長い休みも今日で終わり。明日からまた職場に復帰する。復帰したらこのラブハンドルは何とかなるだろうか?人間、どんなときにも腹はへるものだ。しかも、夜中にどか食いしたのでかなりついている。これから少しずつしぼっていかないと、とんでもない体型になりそうでこわい。お腹だけでなく顔もパンパンだ。本来なら食事も喉を通らなくてやつれているはずなのに。。。怖くて体重計には乗れない。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

完敗

06-02-23_20-36
人生で初めて買ったロト6。新聞で当選番号を確かめたら、かすりもしていない。こういうのはビギナーズラックというのはないのか?これからは宝くじ売り場を見つけたらマメに数字を塗りつぶすことになるだろう。いきなり1等とはいわないから、まずは1000円当てたい。毎日、我が家のおネコ様に祈ることにする。グリーンジャンボも当ててくださいますよう。。。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

うまいもの

役所に行く用事のついでに、久しぶりにデパートに行った。今、うまいもの市をやっていて、ひつまぶしとか鯖寿司とか各地のおいしいものが手に入る。平日だというのにすごい人出。とりあえず、ひつまぶしとおだんごを購入し、ソフトクリームを食べながら見てまわった。その後、デパート内を歩いているところで、偶然友達に会った。彼女には近いうちに父のことを伝えようとしていたところだったので、タイミングよかった。彼女のところもお父さんと妹さんの法事があるはずだったので、あえて知らせるのを遅らせておいたのだった。お互いにこんな話をする年になってしまったんだねえと話した。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

その後

父が他界して1週間が経ちました。元気にはしていますが、不意に思い出してしんみりすることも多いです。スーパーなんかで父が好きだった食べ物を見たときとか、父が使っていた家の鍵についている鈴を鳴らしたときとか。いつかは思い出すことも少なくなるんでしょうけど。。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

時間が薬

2月15日朝9時13分、父が他界しました。約6年間に渡る闘病の末の最期でした。15日の朝7時少し前、病院から電話があり、すぐに向かいました。病院につくと、容態は少しよくなっていました。ほとんど心停止状態だったのが、看護婦さんが「家族が来るからがんばれ」と声をかけると、少しよくなったとのこと。私と母は、「兄が来るまでがんばれ!」と必死に声をかけました。もう反応はまったくなかったのですが、兄が到着して1時間ほどたったころに亡くなりました。家族が揃うのを待っていたかのように感じました。その2日前の夜中、「お父さん、眠れるなら寝ていいよ、きついやろ?」と私がいうと、「お前達(兄と私)も眠れよ」と最後の力を振り絞って言ってくれました。おそらくそれが最後の会話だったと思います。私と兄はいったん家に戻り、翌朝はもう意識はありませんでした。

お通夜と葬儀にはたくさんの方が来てくださり、本当に感謝しています。頑固な父でしたが、故人の人徳だと思いました。でも、やはり、肉親との別れはとてもつらいものです。皆の前では絶対に泣かないと決めていたのですが、火葬場を出た後に、こらえきれなくてひそかに泣きました。火葬が終わって骨だけになってしまった姿を見た瞬間のショックは今でも消えません。途中、お世話になった病院が見えたときにはなんともいえない胸の痛みがありました。

家に帰り、母と昔話をしました。これまで聞いたことのない父のことを知ることができました。入院していたときに父が愛用していたパジャマやカップなどを見たとたんに涙が滝のように出てきました。きっと時間が薬なのだと思います。人間はよくできていて、あまりに苦しいことがあると忘れるようにできているらしいです。きっといつかはこの悲しみも消えるのでしょう。

| | Comments (5) | TrackBack (0)

危篤状態

昨日の夜まで何とか会話していたが、今日は反応がなくなった。いわゆる昏睡状態となった。朝一番は「来たよ」というと「うん」と返事したが(偶然声をだしたのか?)、それ以来、もう何を言っても返事しなくなった。先生に聞くと、意識はもうなく、こちらが何を言っても聞こえていないだろうとのこと。瞳孔が開きかけていると言われた。それでも、どこかに出かけるときや病室に戻ったらいちいち声をかけた。もしかしたら反応できないだけで、聞こえているかもしれないから。もっと言いたいことがあったのではないだろうか?あのお気に入りの帽子はどこにしまったのか、聞きたいことがたくさんあるが、今となってはそれもできない。家に帰りたがっていたのに、それをかなえてあげられなかったことが悔やまれる。

| | Comments (3) | TrackBack (0)

挨拶

父のお見舞いに行くと、酸素マスクをつけて心拍数を測定する機械(テレビでよく見るやつ)をつけていた。肩で呼吸をしていて、生きているのがやっとという感じだった。しばらくすると、「死ぬ覚悟はできている。世話になったな。」と言った。泣きそうになったがぐっとこらえて「そのセリフは早すぎるよ」と言った。父がどんな気持ちでそのセリフを言ったのか考えると涙が止まらない。本当に逝ってしまうんだと実感した。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

病状について

病院の先生から呼び出しがあった。そろそろ転院の話かと思っていたら、現在の父の病状について説明があった。病気はかなり進行していること、嚥下ができなくなったこと、血液が健康な人の半分くらいしかないので、輸血が必要であること、今後、酸素供給が必要であることなど。転院ではなくてよかったとほっとした。

その後、父に会いにいくと酸素マスクをつけていた。呼吸があらくて苦しそうだった。輸血を始めてしばらくすると容態が安定してきたので帰った。これからはこんなふうに苦しむ姿を見ることが多くなるだろう。できるだけ付き添うようにしようと思う。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

ちょっとグチ

父の病室が何の知らせもなく変わっていた。用事があったので前の病室のおじさんのところに行くと、「いろいろ文句言ってごめんね」と言われた。そのおじさんに文句言われたことなんてなかったので、何だろうと思っていたら、どうやら父が夜に大声を出すので、おじさんが看護士さんにクレームをつけたと聞いた。夜中に大声を出していることは知っていたが、まさかそんなことになっていたとは。。父にはきつく言っておいたのだが、聞いてもらえなかった。

入院した当初、となりのご老人がしょっちゅう大声でわめいていたのを怒ってヒステリーを起したのを忘れたのか?あのときはヒステリーに手がつけられなくて、私が看護士さんに頼み込んで無理に個室に移してもらったのに、今、自分はその老人と同じことをしているじゃないか。自分が大声を出すのはいいけど、他人が同じことすると許せないのか。情けなくて涙が出た。ヘルパーさんの「(注意してもわからないのは)老人だから仕方ない」という言葉も情けなかった。もうしばらく行きたくない。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

さんまさん

おととい明石家さんまさんのお父上が亡くなったらしい。それなのに、普段と変わらず仕事をし、葬儀の日もレギュラーの仕事を休むことはないという。それがいいことかどうかは別にして、すごい精神力だと思う。どんな形であれ、肉親と死別することがどれだけ悲しいかは想像に難くない。お笑いのトップを走る人間として、人前で涙を見せるのはプライドが許さないのだろう。これからもがんばってほしい。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« January 2006 | Main | March 2006 »